2010年04月05日

07年 秋 芸術の秋 歴史の秋 散策の秋【そして大阪】

10月6日(土)・・・旅立ち、そして大阪。

 5時きっかりに目覚ましが鳴る。今日は大阪へ旅立つ日だ。
 寝ぼけ眼で表を見ると、まだ暗いが天気は良いようだ。
 新聞受けから日経の朝刊を取り出し、それを読みながら前日に作っておいた握り飯を頬張り、熱い茶で簡単な朝飯とする。

 5時50分、自宅を出る。まずは京成電鉄東中山駅へ。
 駅前のコンビニで、サントリーの緑茶・伊右衛門と産経新聞を購入。

 6時04分発の羽田空港行きの電車に乗る。
 車内は、早朝とはいえ羽田空港への千葉県からの一番最初の直通電車であるせいか旅装の人が多く見られる。大阪の南海電車や大阪モノレールでも関西国際空港や大阪国際空港へ向かう旅装の人達が多く乗っているのだろうと考えると、大阪への思いが高まり旅立ちの気分が高まってくる。
 途中、品川駅で停車。ここで思いの外多くの旅装の人達が降りる。
 そうか、ここで新幹線に乗れるんだった、と初めて気がつく。
 昔の私なら品川方面の電車で旅装の人を見かけたら「新幹線に乗るんだ」と気がついただろう。それが今は「飛行機に乗るんだ」と思うようになった。
 かつては「鉄道オタク」であった私が「鉄分多めのオタク」となった軌跡は、JR東海の新幹線から潤い・ゆとりがどんどん無くなり旅行の為の乗り物としての魅力が無くなっていったそれと同じ軌跡を描いていると思う。
 今や新幹線は、単調・無味無臭な「ビジネス特急」と成り果てた。
 もはや幼子や大家族、仲良しグループで「ワイワイ・ガヤガヤ」と騒がしく乗る事が許されなくなってしまった。
 日本の鉄道の危機の一例がここにある。

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8時ちょっと過ぎ、ANA15便は羽田の誘導路をタキシングを始める。
 8時10分、羽田をテイクオフ。暫しの東京との別れを機窓から告げる。

 8時40分過ぎだろうか、機内アナウンスが「当機は、まもなく着陸態勢に入ります」と告げる。
 さあ、いよいよだ。機は大きく右側に旋回し降下を始める。

 そして大阪の街が見えてくる。
 今回は、いつもより一時間遅い便のせいか、いつもより多くの朝の光を受けている大阪の街は、今までに増してはっきりと見える。
 
 PL教団の巨大なモニュメント、八尾空港。
 近畿自動車道や近鉄大阪線も、はっきりと見える。

 天王寺もはっきりと見える。何故に一目で天王寺と判ったのか。
 それは天王寺Mioという商業施設に施されている、ヨーロッパの軍艦の迷彩塗装のようなペイントが目立ったので直ぐにわかったのだ。
 今までは「なんで、あんな外壁のペイントをしてるのだろう?」と疑問に思っていたのだが、その謎は解けたように思う。この塗装は空から見られる事を意識しているのだと一人満足する。
 
 緑に囲まれた大阪城天守閣が見えてきた。
 いよいよ大都会・大阪の広い中枢が見えてくる段階に入ったのだ。

 大阪ビジネスパークが、大阪アメニティパークが私を迎えてくれる。

 梅田のビル群が、朝日を精一杯に受けた満艦飾にて私を迎えてくれる。

 中之島のビル群が、連綿と続く大大阪の誇りを持って私を迎えてくれる。

 それらは一瞬にして私の眼下から過ぎ去って行く。
 でも、紛れも無く私の一生記憶に残る素晴らしき大パノラマである。

osaka1 085m.jpg

 9時05分、機は大阪国際空港のボーディングブリッジに横付けされる。
 58A席を立ちキャリーバックを持って空港にて大阪への一歩を印す。
 そして簡単であるが大阪での一回目の食事をとり、大阪での一回目のネットをしてターミナルビルの外へ出る。

 一つ深呼吸をする。紛れも無い大阪の空気だ。待ち焦がれていた大阪の空気だ。不思議なのだ。同じ空気だが東京とは明らかに違うのだ。
 それは私には好ましい空気である。そして日本に必要な空気でもあるのだ。

 旅の儀式を終えて私は大阪モノレールの駅に向かう。目指すは梅田。
 久しぶりに梅田のビル群の中を歩いてみようか。



posted by 松村和弘 at 12:11| Comment(0) | 上阪感想記:1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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