2010年04月06日

07年 秋 芸術の秋 歴史の秋 散策の秋【悠々たる時の流れ】

10月7日(日)・・・悠々たる時の流れ、大阪の歴史を散策す。

 今回、大阪を散策するにあたって大いに参考になった本があります。
 タイトル「大阪府の歴史散歩 上 大阪市・豊能・三島」
 出版社 山川出版社 定価1,200円

 テーマを決めて、そのテーマに沿った散策コースを解説している見やすくて面白い本です。
 で、この本の最初のテーマが「大阪のルーツ難波宮と大阪城」。
 このテーマを参考に私が持っている文庫版 大阪都市図を照らし合わせて面白そうなポイントを周ってみました。

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 10月7日(日)、JR東西線・北新地駅 7時26分発の電車で出発する。乗客は各車両につき10名程度。三連休の真ん中でもあり人の動きは鈍いようだ。
 電車に揺られて約4分。降りたのは大阪城北詰駅。
 まずは藤田美術館前に。開館時間は10時という事で誰もいない。
 今回の目的は、ここではない。歩き始める。
 太閤閣を左に見ながら歩き、大通りを右へ。京阪の高架を潜り片町橋へ。

 初めて、この片町橋に来たが、ここから見る朝日に輝く大阪ビジネスパークも大変に迫力があって綺麗だ。
 片町橋を渡りクリスタルタワーの前を通り、新鴫野橋からの美しいOBPを見ながら渡り大阪城の北外濠沿いを歩く。
 大手前一丁目の追手門学院に来ると運動会が始まるところであった。
 門に掲げられた日の丸。聞えてくる君が代。

 上町筋に出て大阪府庁、大阪府警本部前を通り過ぎてNHK大阪放送局と大阪歴史博物館前に。
 法円坂前信号を渡り、最初の目的地「難波宮跡公園」へ。
 明るい晴天の下、犬の散歩やキャッチボールに興じる人達が見える。
 絵に描いたような長閑な休日の一日。
 この難波宮は非常に規模が大きく、また大きく前期と後期に分けて整備されていたようだ。また発掘と保存には大阪市立大学教授の山根徳太郎氏の尽力が大きかったといいます。
 歴史の解明と、その保存には周りの理解と協力が必要という教訓かと思います。
 ここに再現されている大極殿跡に登ってみる。
 北に見えるは大阪城天守閣とバックの大阪ビジネスパーク。
 西にも東にも南にも建物が連なる。
 昔は、きっともっと見晴らしが良かったのだろう。
 生駒の山々も、もっと綺麗に見えたのだろう。
 その眺めを堪能出来たのは都人であり、太古の昔から都として栄えていた大阪だからこそ出来る想像ではあります。
 
 難波宮を後にして次に向かったのが「越中井」。
 玉造2丁目の、ある道路の真ん中に茂みがある。
 この周辺は、豊臣時代に細川忠興の屋敷があった場所である。
 歴史に詳しい方なら、この名前を聞いてピン、と来ただろう。
 そう細川ガラシャの悲劇があった場所である。
 徳川家康を討たんと挙兵した石田三成が諸大名を見方につけんと当時、大坂に大名の妻子を人質にしようとしたが細川忠興は徳川に加担すると決断。
 それに従い細川ガラシャは人質になるのを拒むもキリスト教の洗礼を受けたガラシャは自害が出来ず家臣に胸を突かせて死んだという悲劇の場所である。
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 今は、住宅街として平穏なこの場所も昔は苛烈な歴史の舞台だったのですね。
 平和とはありがたいものだと思い、手を合わせて後にする。
 次に向かうは玉造稲荷神社。


posted by 松村和弘 at 12:14| Comment(0) | 上阪感想記:1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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