2010年04月07日

07年秋 芸術の秋 歴史の秋 散策の秋【悠々たる時の流れ2】

越中井を後にした私は、玉造稲荷神社へ向かう。
 この日も気温が高く、早くも汗だくである。
 朝、テレビで見た天気予報では、気温は昨日に比べて下がるとの話であったが、冗談じゃない。確実に気温が高いぞ、こりゃ。
 シャツの袖を捲くり汗を拭きつつ歩いて行く。10月も第一週を過ぎようというのに夏のような暑さだ。これは地球温暖化の影響に間違いないですな。
 同じように散策していると思われる人もすれ違うが皆さん装いが‘‘夏仕様’’で、歩いて散策する私には辛いところ。買い求めたペットボトルの飲料をがぶがぶ飲み、汗だらだらで歩く。

 そうこうするうちに目的地に着く。
 「玉造稲荷神社」だ。階段を上がってお参りする。
 綺麗に整備されていて気持ちが良い。私以外は地元の方が来られている。
 何でも、この神社は創建以来1,800年以上の歴史があるとの事。
 石段には寄進した会社・個人の名前が多数刻まれている。
 誰でも知っている会社の名前もある。地元の信仰が厚い事が判る。
 言わば 大坂の守り神 の一つとも言えるでしょうか。
 何だか清清しい気持ちになって、また歩き始める。

 玉造筋へ出る。通り沿いに建設中の大きなビルが見える。
 門に書かれている文字を見ると「京セラミタ」の文字が。
 あっ、これが建設中の新しい研究施設か。随分と背の高いビルで、かなりの規模となる。ここから多くの新技術・新製品が生まれる事を期待したい。

 少し歩くと目の前に「玉造温泉」との看板が見えてくる。
 あぁ、これが月刊 大坂人で見た玉造温泉か。何でも定休日以外は24時間営業している銭湯との事。大都市にあったら便利だけど、なかなか無いのが24時間営業の銭湯。今度、機会があったら入りに来ようと思う。
 
 長堀通との交差点を超えて真田山信号を右に。ちょっと遠回りとなったが次に向かったのが「三光神社」だ。
 この三光神社は、大坂冬の陣の時に真田幸村が築いた大阪城出丸・真田出丸があった場所とのこと。
 小高い丘となっていて階段を登って行くと真田幸村像が迎えてくれる。
 そして、その脇には「真田の抜け穴」と言われている石で出来た穴がある。
 今や市中に地下鉄・地下街とトンネルだらけの大阪市だが、その昔もきっと時の権力者の為のトンネルが縦横無尽に掘られていたに違いない。
 それは知らずに私達の足元にあるのかもしれません。
 
 徳川家康の首を取るまで、あと一歩までいった稀代の名将・真田幸村に敬意を表する為に手を合わせてから、この場所を後にする。
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写真上から:越中公園・カトリック玉造教会・玉造稲荷神社(東門)・京セラミタ本社

 次に向かった先は・・・。


posted by 松村和弘 at 15:45| Comment(0) | 上阪感想記:1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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