2010年04月09日

07年秋 芸術の秋 歴史の秋 散策の秋【通天閣、いいじゃないか】

「通天閣、いいじゃないか。道頓堀界隈は問題外」
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 日も暮れてきた。照明の明かりが街を彩りはじめてくる時間である。
 山王信号を超えて、フェステバルゲートの脇まで来る。
 ここら辺の雰囲気は東京の上野に似ている。なんとなく猥雑で少し危険な感じがするのだ。

 どうやら私は「新世界」と言われる歓楽街に足を入れたらしい。
 狭い通りの両側にひしめく多種多様な店。
 串かつ屋、居酒屋、寿司屋、立ち飲み屋、将棋小屋と並ぶ。
 いずれも賑わいに賑わっている。行列が出来ている店も珍しくない。
 
 私のような観光客そして地元の人。皆が混ざり合って、単なる観光地とも単なる地域の商店街とも違う魅了を漂わす。
 こういう雰囲気、私は好きだなぁ。ただ単に観光客が来るだけの街は無味無臭でつまらない。街の体温が感じられる、この場所は。

 そして、それは大阪の至る所がそうなっていると思うのだ。
 中之島も梅田もOBPも御堂筋も、新世界とは違う洗練された街だが、そこには「大阪の洗練された上品な空気」がある。
 東京とも京都とも福岡とも違う「大阪の洗練された上品な空気」がある。
 大阪の体温・情熱が感じられる街となっている。

 この新世界は「猥雑な庶民のパワーに満ちた大阪らしさ」がある。
 勿論、大阪の体温・情熱が感じられる。

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一方、私の中には大阪らしさが感じられない大阪の街がある。
 いわゆる道頓堀界隈である。

 何だろう、このセンスの無い街は、街への愛情の無さは。
 「大阪は派手」「大阪は目立ってナンボ」と実際とは違うのに勝手に決めつけて、ただ派手で、派手なだけで何を言いたいのか意味不明な看板という無意味なものを建物にゴテゴテと貼り付けた悪趣味極まりない飲食店やパチンコ屋。儲かればいいんだ、と人々を馬鹿にした街。

 そこは生活の臭いなどしない無味無臭な街。
 夏の明かりに吸い寄せられる虫の如く、派手な看板を大阪らしいと勘違いして道頓堀に吸い寄せられる観光客。
 それを内心馬鹿にしながら顔では愛想笑いして高い金を取る業者。

 私は道頓堀界隈を見るにつけ思い浮かぶ悲しい言葉がある。
 「租界地」「植民地」という言葉である。
 「大阪らしい」という言葉を、金儲けの為だけに都合良く解釈した「偽者の大阪らしい」という価値観で支配された街。実際の大阪の街とは違う街。
 そこには、本来の「大阪らしい」という価値観が及ばない街。
儲かればいい、という価値観・目立ってナンボという価値観に支配された街。
 
 まるで街ごと外国の力・価値観に支配された租借地そのものではないか。
 まるで国ごと外国の力・価値観に支配された植民地そのものではないか。

 いい加減に道頓堀界隈の街のあり方を考えないと大阪は誤解され続ける事になりはしないか。大阪のブランドイメージが悪くなり続けるのではないか。
 かつて芸の街だった道頓堀界隈が心無い業者の金儲けだけの街にしかならないのではないか。
 道頓堀の街作りについて方針の大転回を求めたいと思います。

 あぁ、そうだ肝心な事を忘れてた。通天閣である。
 昼間に恵美須の交差点から見た通天閣と違って、夜の通天閣はイルミネーションが素晴らしく綺麗でした。
 決して派手ではないが、目立つ配色で広告として十分に価値があると思う。
 新世界や通天閣商店街も、観光客相手の派手なだけの店もチラホラと見受けられるが大多数は良心的な店。
 
 大阪の下町の歓楽街を楽しみたいのなら通天閣界隈がお勧めかと思います。
 ただし、一本裏側に入ると怖いお兄さんがいらっしゃるのも事実ですので、夜は少しの注意が必要かと思います(東京だと、歌舞伎町・千束などと近い注意の仕方と思って下さい)。

 次は天王寺/阿部野橋探訪です。


posted by 松村和弘 at 14:17| Comment(0) | 上阪感想記:1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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