2010年05月12日

知られざる「帝都大阪」

知られざる「帝都大阪」
(2008年12月28日より再録)

近代の夜明け明治維新に、もし「帝都大阪」が実現していたら、江戸を東京と改称したように、大阪でなくなっていたかもしれませんね。
大久保利通の「大阪遷都計画」です。これは大阪に関心のある人たちにはわりに知られた事実ですが、一般的には知られざる歴史と言えると思います。

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その「大阪遷都」を調べていて、わかったのがNHKテレビの『その時歴史が動いた』。
「幕末ニッポン・幻の遷都計画」として、平成14年5月に放送されていたのですね。完全に見逃していました。
惜しいことをしましたが、内容を知りたいよりも、この「大阪遷都計画」があったことを全国放送された事実が重要なので、NHKの番組のHPをリンクしておきます。内容説明を見ると普遍的な事実を述べられています。

NHK「その時歴史が動いた
▼大阪放送局制作の番組ですが、NHKの番組要約を入れておきます。
第133回
幕末ニッポン・幻の遷都計画
〜江戸か大坂か?大久保利通の大改革〜
その時:明治元(1868)年10月13日
出来事:明治天皇、江戸城に入城する

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 日本の首都は、京都か大坂か、それとも江戸か?幕末の最終局面、都を京都から移そうという、大胆な計画が打ち出された。その行く先は、私たちが常識のように考えている東京(江戸)ではない。大坂であった。
 この大阪遷都案を画策したのは薩摩藩士、大久保利通。大久保の遷都構想は、17歳の若き天皇を、平安朝以来の京都の保守勢力から引き離すことで、新体制のリーダーとしての成長を促すと同時に、天皇親政の新たな近代国家が誕生しようとしていることを、国の内外にアピールするという、画期的なものだった。・・・

 幻に終わった、大久保利通の大坂遷都計画とはどのようなものだったのか?そして大久保はどのようにして、未曾有の大改革となる「東京遷都」を成し遂げていったのか。その背景の知られざるエピソードを紹介しながら。遷都が日本にもたらしたものは何だったのか考える。

※詳しくはNHKの番組HPをご覧いただくことをおすすめします。偏向著しいNHKがよくできた番組だと思います。最終的に江戸が帝都となる逆転劇なので東京も気持ちよく見れるのでしょう。




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posted by 松村和弘 at 11:47| Comment(0) | 大阪史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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