2010年05月22日

威風堂々を聞きながら大阪を走る【プロローグ】

名曲・威風堂々を聞きながら、威風堂々たる大阪を走る(よっさん)

プロローグ その一

 それは私がかけた一本の電話が始まりだった。
 かけた先は、京都在住の高校時代からの友達・いわゆる「竹馬の友」というやつ。
 今年の五月に会って以来、顔を見ていなかった。

 それが、虫の知らせというものか何かざわめきを覚えて、奴の自宅に電話をかけた。
 プルルッ、と呼び出しコールが五回鳴っても電話には出ず、切ろうとした瞬間、ガチャッと出た。

「もしもし」と私。「はい、○○でございますが」と年配の女性の声。
私の心の声・・・あれっ奴は一人暮らしのはずだが。ハハァ、そうか年上好みの奴の事だから「いい人」でも見つけたか。それにしても随分と年上だな。

受話器の声・・失礼ですがどちら様ですか。

私の声・・・・あの〜、○○さんのお宅ですよね? △△君は?
       私、高校の時からの友達の◇◇と申します。

受話器の声・・あぁ、あの◇◇君ね。久しぶり△△の母です。

私の声・・・・あぁ、お母様でしたか。大変にお久しぶりです。
       (高校時代に一、二回ほどお会いしていた事を思い出す。 
        会話した事もあったが何しろ十数年ぶりに聞く声で、直ぐに思い出せなかった)
       何かあったのですか。
       確か彼は一人暮らしだったかと思いますが・・・

受話器の声・・・そうなのよ、実はうちの息子、過労で入院しちゃったのよ。
        それで、息子は一人身だから私が手伝いに来ているの。

私の声・・・・・えっ!? そうなんですか!?
        それは大変ですね。・・・・


と、会話が続き、私はその会話の途中で一つの決断をした。
それは奴の入院先までお見舞いに行こう。こんな私の顔でも、見れば少しは元気が出るだろう。

そして、いつ行こうか。壁に掛けたカレンダーを見て思案を巡らせた。
聞けば来週の26日の月曜日には退院出来るとの事。それであれば26日に行きたいが平日は仕事があって、とてもではないが無理。
さりとて24日と25日の土日は既に予定が入っていて、今からでは予定を変える事も無理。
そうなると23日の金曜日しかない。そして偶然にも22日の木曜日、私は午後から半日だけの休みを取っていた。
(書類の整理など自宅兼事務所の大掃除をしようと思っていたのだ)

 ならば22日の木曜日から23日の金曜日にかけて京都まで奴の見舞いに行こう。

 咄嗟に心の中で決めて、さっそくその旨を奴のお母さんに伝える。
 最初は遠慮していたのだが、御無理でなければ御願いしますとの事。

 22日の木曜日の午後にお伺いしますと約束して電話を切り、今度は奴の携帯へ。今度は直ぐに出る。
 あの野郎、病院内なのに携帯のスイッチを切っていなかったなと思いつつ思いのほか元気な声に安心する。
 22日の午後、そっちに行くからお見舞いを楽しみにしておけ、それの引き替えとして看護婦さんのメルアドを最低2名は聞き出しておくように、と冗談まじりの会話をして電話を切った。



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プロローグ その二

さて次にすべきは京都までの移動手段の確保である。
 普通の人なら新幹線もしくは飛行機となるのだろうが、高校生時代それはチャレンジャーとして鳴らした私。
 無理目な女性に告白して何度断られてきた事か。その度に奴は「まぁ、そう落ち込むな。今にいい人に出会えるさ」と声をかけられてから早十数年。
 互いに三十四という年になりながら‘‘花の独身’’とは‘‘類は友を呼ぶ’’というやつか。

 久々にチャレンジャーの虫が疼きだす。
 奴が入院している病院は、公共交通機関では行きにくい場所であった。
 新幹線なり飛行機なりで京都までいってもタクシーかレンタカーを手配しなければならない。それは面倒くさいしお金もかかる。

 ならば・・・。そう私には『マイカー』という頼もしい相棒がいる。
 97年式ホンダ シッビクフェリオ。走行距離 13万キロ以上。
 いささか年寄りでオンボロなのが気になるが、この寒いぐらいの季節であれば京都までの長距離を走ってもダメージは少ないだろう。
 また天気予報によると晴天とあり、名神高速で問題になる関が原周辺での雪の心配は無い。路面が凍結する心配も無いだろう。

 私なりに諸々の諸条件を考え、下した結論は「マイカーで京都まで」
 そしてオプションとして「お見舞い後、大阪をドライブ」
 付かなかったオプションとして「金欠なので大阪で一泊はしない」

 つまり22日木曜日に出発して京都まで行き、お見舞いをして、それから大阪まで行って少し走ってから、そのまま帰って来るという行程。
 眠くなったらSAかPAに車を停めて、そこで眠るという事。

 久々の強行軍の行程に、何だが入院している奴には申し訳ないが、少し楽しくなってきた。しっかり準備をして22日の木曜日を迎えたのでした。

 なかなかに刺激的なドライブの顛末は改めて本編で。




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posted by 松村和弘 at 13:00| Comment(0) | 上阪感想記16 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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