2010年06月20日

07年冬クリスマス・幸せな灯りが灯る大阪へ【大阪海洋博物館】

グッドモーニング オオサカ!!こんにちは大阪の皆さん!!!
〜主章その参 なにわの海の時空館は面白い素晴らしい その@〜
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 WTCを出た忘年会の有志メンバーは、歩いて「大阪市立海洋博物館・なにわの海の時空館」を目指した。
 この「なにわの海の時空館」は2000年に大阪市が完成させた、大阪と海との歴史の関わり等が見れる海洋博物館である。

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 正直な話、あまり期待はしてはいなかった。
 某掲示板では散々に「つまらない」「面白くない」等、貶されているのを見ていたし、東京10チャンネル・テレビ朝日の番組で、お笑い芸人のますだおかだが取材に行って、これまた散々に貶す内容でのリポートも見ていたし・・・。
 ただ、ますだおかだがリポートしている時に何だか複雑な顔をしていたのが気にはなっていたのですが・・・。

 WTCを出て歩いて向かう途中、「おおさかフードアウトレット」という飲食店街の前を通って行った。
 名前の通り、各種飲食物をリーズナブルな値段で提供するようだが、残念ながら、まったくと言っていいほどにお客さんの姿が見えない。
 「大丈夫だろうか・・・」というのが皆の共通した意見。

 考えてみれば、WTCやATCの中には飲食店が沢山あるわけで、WTCやATCの外に出てまで飲食店へ行く事は、そんなにはないはず。
 恐らく「なにわの海の時空館」へ行く人や近くの物流施設で働く人などもターゲットにはしているのだろうが、そういった人の数は多くはないと思われ、今ひとつターゲットにした顧客層が見えない。
 かなり厳しい状況に追い込まれていると思わざるを得ない。

 歩く事、約10分。
 目的の「なにわの海の時空館」へ到着した。
 エントランスがある建物は、広がりのあるデザインでなかなかに格好が良い。入るとチケット売場があり、大人は一人600円也。
 入館料を払うと、寛永通宝のような形をした入館ゲートを通過する時に使うコインを貰う。
 なかなかに良く出来ていて、お土産に欲しいが残念ながら買い求める事は出来ないとの事。


大阪at Naightブログの記事から「なにわの海の時空館

 
 ゲートを過ぎるとエレベーターに乗って下りる。
 エレベーターを降りると、目の前に宮崎アニメ・天空の城ラピュタに出てくる空中戦艦のようなモニュメントが迎えてくれた。
 左へ向かうと「なにわの海の時空館」へ向かう海底トンネルがある。
 この博物館はエントランスが地上にあり、博物館本体は海の上に浮かんでいて海底のトンネルで結ばれているのだ。
 このトンネル、青い照明で綺麗に彩られており、その照明の具合が何となくJR難波駅から南海や地下鉄の難波駅へ向かう連絡通路に似ている。
 海底トンネルを歩いて行くと、トンネル上部に海の様子がわかる覗き窓がある。タイミング良く何匹もの魚が泳いでいる姿を見る事が出来た。

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グッドモーニング オオサカ!!こんにちは大阪の皆さん!!!
〜主章その参 なにわの海の時空館は面白い素晴らしい そのA〜

 トンネルを歩き終わると、大きな船の船底が見える。
 これが、この博物館の目玉である和船・菱垣廻船「浪華丸」である。
 
 この「浪華丸」、大阪市が約10億円ほどをかけて当時の図面に基づき、当時の風習を出来るだけなぞって建造。
 実際に海上を航行したという凄い船なのだ。
 その模様も映像で見ることができ、それを見ると圧倒されます。
 とにかく実際に目にするとデカイ。そして実に良く出来ている。
 当時の日本の技術の粋を集めた船だけに随所に工夫が見られる。

 また船底から上部までを表から見られるように工夫されており、船内を見る事も出来る。
 船内を見学する時にガイド役が説明してくれるのだが、このガイド役の方が当時の風俗に則った衣装をしており、頭には丁髷・服装は着物という徹底振り。そして特筆すべきは、そのガイドぶりで説明口調ではなく自然に聞える話し方。突然の質問にも、まったく淀みなく応えるというサービス精神の高さ。
久しぶりにプロのガイド役に出会いました。

そのガイドさんから聞いた話を箇条書きでまとめます。
( )は私の個人的な意見です。
・大坂と江戸を最短2日間、最長でも2カ月で結んだ。
・綿や醤油・酒などは時間がかかってもよいものは問題は無い。
・船は荷物優先で設計され船員の為のスペースは最小限である。船員数は大体 15名ぐらい。
 (本当に生活空間は狭く、今の言葉で言えば「劣悪」である)
・積み込める荷物は最大で150トンほど。
 (たとえ大坂と江戸の間を海路で2カ月かかっても船員15名で150トンもの物資を運ぶ事を考えれば、陸路で150トンの物資を運ぶ事を考えれば、恐ろしく効率が高いと言えるのでは。)
・船内には神棚と仏壇が共存しており、当時の航海技術では沿岸部分を航行するにしても非常に危険が高く、海難を避ける為には神も仏も頼る気持ちがあった。
 (だから宗教戦争などは、本当に命の危険を感じながら生活をしていない人間のエゴイズムに過ぎないのでは)

他にも江戸時代の大坂の地図(これを見ると住吉大社の直ぐ傍までが海であり、住吉大社が海の神様を奉っている事が理解出来る)、大坂あにあった広島藩の藩屋敷の構造(これを見ると直接、船で乗り着ける事が出来るようになっている事がわかる)、江戸時代の大坂には日本中のありとあらゆる物資が陸路・海路を通じて集まっていて「天下の台所」であった事がわかる。
 
 他にも見所が沢山あって書ききれませんので、ここで終わりにしますが、大阪の方々は勿論の事、船に興味のある方、江戸時代の物流に興味のある方など沢山の人達に楽しんでもらえる博物館だと思います。
 帰りに皆、口々に「楽しかった」「想像以上だった」という言葉が出てきて大満足でした。

 そうそう冒頭に書いた、ますだおかだが複雑な顔をしていたのは、実は楽しいのに、レポートでは「無駄だ」とか「意味が無い」とか言わされるのが、嫌で嫌でしょうがなかったのでは。
 テレビのレポートは信用ならん、特に東京のテレビ局が大阪について取り上げたものについては、と確信した事も収穫でした。




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posted by 松村和弘 at 16:06| Comment(0) | 上阪感想記17 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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