2010年07月09日

梅棹忠夫さん死去

先日、梅棹忠夫さんの訃報が伝えられました。ご冥福をお祈りいたします。
梅棹忠夫さんは千里万博公園にある、国立民族学博物館の設立者で初代館長としてよく知られた学者です。わたしも著作などを通じて影響をうけたひとりでした。
それだけに淋しさもひとしおです。
最近はとくにうわさも聞かなかったのですが、なぜか今年になって、わたしはいくつか氏について記事に書いております。
わたしがとくに印象に残る、梅棹論は「都市神殿論」と「封建制論」である。
都市神殿論=都市の本質に迫る
封建制論=社会の階層構造からみて、封建制はすぐれて立派な制度。日本は封建制があったから、最初から西欧並みだった。封建制を経験したのは日本とヨーロッパだけ。これが十八番だった。
MBS毎日放送で放送された映像を入れておきましょう。
1190039381_2.jpg

わたしの梅棹忠夫さんに関係するおもな記事は以下の通りです。
大阪都構想への道のり:地球時代の大阪文化
大阪都構想への道のり:都市神殿論

ここでとくに取り上げる理由はひとつ。梅棹忠夫さんが深く大阪とかかわっておられたことだが、民博が大阪にあるからではない。
大阪について考え、発言も多くあった。深くかかわるだけでなく、大阪の発展をねがい、自ら大阪の応援を仕事にされていた。それも今年になっていくつか記事に書いた。記事を参照していただきたい。





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posted by 松村和弘 at 19:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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