2010年11月07日

OBP・大阪ビジネスパーク特集(1)

「大阪の超高層、第二幕だったOBP」
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再びOBP内を歩いて見た写真。2010年11月5日撮影

OBP建設が本格的に動き出したのは1980年代だが、70年代には「大阪国際ビル」「大阪大林ビル」「中之島センタービル」などが完成していたものの、それは各地にポツンとあるだけで、ビル群にはなっていなかった。
超高層群としてはやはり梅田への集中傾向が、当時から胚芽が見られ、マルビル・阪急グランドビル・第三ビル・第四ビルから、アクティ大阪などの完成によって、梅田は次第に超高層ビル街の風貌が備わりつつあった。

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当時の梅田周辺。大阪駅北口のビルは「北ビル」。アクティ大阪建設に際して、旧駅舎の施設収容のために北口に駅ビルが建設された暫定的なビル。筆者撮影

そんな折から気になっていたのは京橋のOBPだった。
JR大阪環状線の車窓から、OBPの場所は昔からよく見えていた。1960年代のなかば私は、勤務地の天満橋に通うのに天王寺−京橋間に国鉄を利用していた。
天王寺−天満橋間に地下鉄のない時代だったから、こういうルートになっていたのだがそれはそれで楽しい通勤といえた。大阪の国鉄では環状線の鶴橋−京橋間は当時最混雑区間で、電車の窓ガラスが割れることもしばしばあった。

国鉄の京橋は今の駅とあまりかわりないのだが、京阪の京橋駅は地平にあり国鉄の駅から5〜60m北側にあった。昔ながらの複線の相対式のホームになっていた。天満橋へは踏切を渡ることもなかったが、京都方面のホームに行くには踏切を渡る必要があった。

朝のラッシュ時など、国鉄の駅から続く人波は混雑の限界に達していたが、踏切を通過する電車は上下60本/h以上という状況のなかで、綱渡りの踏切扱いが繰り返されていた。線路上に残っている人波がようやく渡り終える間もなく、10秒後には電車が高速で通過するという危険な状態にあった。見ていてもハラハラさせられた。
これには高架新駅の完成を待たずに地下道が造られた。

大阪環状線から見る、OBPの場所は1960年代ころまで、戦後のつめ跡を残していた。天守閣の東でも森ノ宮側はすでに大阪城公園として整備されていたが、京橋に近いこの土地は大阪砲兵工廠の残骸が残り、遠くに煙突が立っているのが見えていた。
荒れ地と工場の片鱗があるだけの手の着けようのない地に見えた。

ここに副都心が建設されるということは知っていたので、いつも期待を持って見ていた記憶がある。まだ区画整理もできてない土地だったが、1970年代になり二つの建物が建設された。
まず、住友生命京橋事務センターが忽然とできた。現在の住友生命本社の場所にコンクリート打放しの2階建てであったが、「おっ!」となった。
この建物は住友生命本社ビルができるまで使用されていたので、記憶にあるひともいるだろう。
そのあと、しばらくしたら、松下電工京橋ビルができた。松下電工のショールームだったので何度か住宅設備機器の見学をしたこともあった。
OBPが本格的に動き出したのは、1983年9月のことだった。

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1983年9月1日発行の読売新聞

「松下がOBPにツインタワーを建てるらしい」のうわさを夏ごろから聞いていたが、9月になって新聞各紙で「ツイン21着工」のニュースが報道されて、本物とわかった。
工期2年半で、ツイン21は1986年3月に竣工した。このビルの完成は待ち遠しい思いだった。
完成オープン後すぐの日曜日に見学にいってみると、見物の人波が大阪城公園駅から続いていた。オフィスビルのオープンでこれほど人を集めた例を知らない。

MIDタワーの38階が展望フロアになっていた。とにかく凄い人気でごった返していた。これを見ると普通の人も超高層ファンなのが分かった。振り返って考えると、NYのワールドトレードセンターに重ねたツインタワーへの憧れ。それが大阪に出来た喜びだろうか。

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竣工当時の「ツイン21」筆者撮影

それを裏付けるように、その後大阪では各地でツインタワーの建設が相次いだ。
このビルのインパクトはそれほど大きかった。
誰もが都市の発展を望み、大阪を愛していたといえる。

大阪で、その後ツインタワービルが異常に多く建設された事実をみても、それは読みとれる。東京のニューオータニのタワーのような都島の「ベルパークシティ」から、泉大津の「アルザタワー」、堺の「ベルマージュ」、弁天町の「オーク200」、はては「りんくうゲートタワービル」もツインタワーで計画された。
京橋OBP・グラフ特集:1
京橋OBP・グラフ特集:2
京橋OBP・グラフ特集:3
京橋OBP・グラフ特集:4
京橋OBP・グラフ特集:5

OBP沿革(OBP開発協議会公式HPより)
■1970年代
 '71/08:住友生命京橋事務センター竣工
 '74/08:松下興産松下電工ビル竣工
■1980年代
 '82/04:大阪城ホール着工
 '83/09:ツイン21着工
 '84/07:富士通関西システムラボラトリ着工
 '84/10:住友生命・ホテルニューオータニ大阪ビル着工
 '84/12:大阪城京橋プルムナード着工
 '86/02:KDD大阪ビル着工
 '86/04:讀賣テレビ放送新社屋着工
 '86/04:ツイン21オープン
 '86/04:富士通関西システムラボラトリオープン
 '86/05:OBPキャッスルタワービル着工
 '86/09:住友生命・ホテルニューオータニ大阪ビルオープン
 '87/05:大阪城京橋プロムナード竣工
 '87/09:松下IMPビル着工
 '88/03:KDD大阪ビル竣工
 '88/04:竹中工務店クリスタルタワー着工
 '88/04:讀賣テレビ放送新社屋竣工(8月1日新社屋から放送開始)
 '88/05:住友生命OBPプラザビル着工
 '88/07:大阪東京海上ビルディング着工
 '88/11:OBPキャッスルタワービル竣工
■1990年代
 '90/03:松下IMPビルオープン
 '90/04:住友生命OBPプラザビル(いずみホール)オープン
 '90/10:クリスタルタワーオープン
 '90/12:大阪東京海上ビルディングオープン
 '91/09:地下鉄7号線大阪ビジネスパーク停留場工事開始
 '91/09:OBP中央スカイウエー着工
 '92/09:OBP中央スカイウエー竣工
 '96/12:大阪地下鉄長堀鶴見緑地線大阪ビジネスパーク駅竣工
 '99/12:住友生命本社ビル着工
■2000年代
 '01/07:住友生命本社ビル竣工
 '02/04:讀賣テレビ放送社屋増築着工
 '02/11:讀賣テレビ放送社屋増築竣工
 '03/06:鹿島OBPビル(仮称)着工
 '03/11:松下IMPビル低層部屋上ガーデンチャペル建築
 '05/07:マルイトOBPビル竣工





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posted by 松村和弘 at 14:16| Comment(0) | 京橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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