2010年04月12日

07年秋 芸術の秋 歴史の秋 散策の秋【天王寺散策】

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「天王寺/阿部野橋 散策記」
〜序章 まずは関西国際空港へ〜
 
 10月8日(月)、楽しい大阪旅行も最終日である。
 今日は、天王寺/阿部野橋界隈を散策を予定している。
 その前に御土産などで、いっぱいになったキャリーバック、これが散策に邪魔となるので帰りの飛行機が出る関西国際空港のコインロッカーに荷物を預けておこうと思う。
 
 お世話になった中之島のリーガグランドホテルをチェックアウトして地下鉄・四つ橋線にて難波まで。そしてOCAT・大阪シティエアターミナルの地下にあるJR難波駅へ。
 
 三連休の最終日の午前11時過ぎ、人の動きが活発になり始める時間である。地下鉄の駅からJR難波駅までの地下通路には人出が多い。

 JR難波駅まで来ると、構内放送が繰り返し流れている。
「大和路線は人身事故の影響で快速運転を中止しております。次に快速は運転を行ないませんで御注意下さい・・・。」
 改札窓口で説明を求める人の数はけっこう多かったです。

 ホームへ降りていくと二番線にウグイス色で前面に警戒色の白帯を纏った201系電車が静々と入線してきた。
 各車両からは、20〜30名近くが降りてきた。JRの大阪都心部のターミナルとして定着しつつあるのではないだろうか。
 昔、ネット上で見た大阪民国なる、いささかふざけ過ぎの感があるサイトではJR難波駅やOCATは閑古鳥が鳴いているとあったが、何回か来ているが人出はかなりのものがあった。閑古鳥など鳴いてはいなかった。
 人によって見方は違うだろうが悲観的・否定的に偏った書き込みは慎むべきだろうと私は思う。
 
 話を元に戻して・・・。
 そして、この二番線から折り返す大和路線普通電車に乗車する。
 定刻通りに発車。各車両に5〜6人。この時間帯は大阪へ来る人が圧倒的に多く、大阪から出る人は、もっと早い時間に出発しているのでしょう。
 大都市・大阪の証拠と言える人の流れだと言えるでしょうか。

 今宮駅、新今宮駅と停車。各車両に4〜5人乗車する。
 そして電車は天王寺駅に停車する。ここで降車。地上階の阪和線ホームへ。
 
 ここから関空快速が出ているだろうと思って来たのだが、ホーム上の屋根からぶら下がっている案内表示板に「関空快速は16番線から・・・」と出ている。この時間は天王寺駅始発の関空快速はないようだ。

 どうしようかと考えると、阪和線1・2番線ホームの隣から221系の快速・日根野行が出発する寸前であった。
 これに乗って日根野駅からでも関西国際空港までは行けるだろうと考えて、快速・日根野行に飛び乗る。乗車と同時にドアが閉まる。ギリギリセーフ。
 お前が言うな、と言われそうだが皆さん「飛び込み乗車は止めましょう。」

 この快速電車、天王寺発車時は席は全て埋まり立客が10人ほど見られる。
 堺市、三国ヶ丘、鳳、和泉府中、東岸和田、熊取と停車していく。
 乗車する人数は先に進むほど減っていき降車する人数は増えていく。
 つまり車内は先に進むほど空いていく事になるわけで、途中から席に座る事が出来た。
 車窓からの眺めは相変わらず大都市・大阪を実感するものだ。
 シャープの本社など企業のビル、工場。
 団地、超高層マンション、一軒家が隙間無く立ち並んでいる。

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しかし、すれ違う電車がスカイブルーの103系電車ばかりなのは、どうしたことか。なんだか山陽本線を走っているかのような錯覚を覚える。
 およそ大都市・大阪らしくない電車群である。
 ここで何回も書いていますが、阪和線に積極的に投資をしないJR西日本の姿勢は理解出来ない。
 過疎地ならともかく、これだけの人口密集地。需要は膨大なものだ。
 それが、いつまでも古い103系。しかも短編成ばかり。

 昔、国鉄時代に大阪鉄道管理局は東京にあった国鉄本社から嫌がらせの数々を受けてきた。一例を挙げるなら東海道・山陽本線を走る新快速用の117系を400両希望したのに実際には120両ほどしか認めない。
 旧型車両の取り替えを希望し予算を付けても実際には、その予算で東京に新車を導入、そこで弾き出された古い車両を大阪へ。大阪の古い車両を地方へ。
 こんな事を平気で行なってきた。東京の横暴である。

 しかし、そんな状況でも大阪鉄道管理局は、当時の新世代通勤電車103系を最初に配置したのが阪和線であった。
 それだけの需要があり、高性能電車が必要だと認めたからだ。
 それから三十数年。当時の新世代通勤電車103系が21世紀に入っても主役だとは。当時は高性能でも今は他の車両のレベルアップによって運行上の支障にさえなっている。

もう、そろそろ新型車を投入して欲しい。いや、すべきだと断言出来る。
 あまりに阪和線の輸送力に問題があるから、一部の利用客が地下鉄・御堂筋線に流れて利益の逸走を招き、また御堂筋線への過度な負担を招いていると思うのです。

 えーっと、またまた話が逸れてしまいましたね。元に戻しましょう。

 快速・日根野行は定刻通りに日根野駅三番線に到着。
 到着間際に車内に流れた乗り換え案内の放送では、関西国際空港へは2番線からの関空快速を御利用下さいとあった。
 二番線へ向かう為にホームを歩き、和歌山寄りのホームを跨ぐ階段へ。
 そして驚いた。なんとエスカレーターが無い。エレベーターも無い。

 これでは重い荷物を持った人には辛い。私も重いキャリーバックを持っていたが、これには参った。かなりキツイ階段の上り下りである。
 私以外にも若い女性が重そうなバックを持って苦しそうに階段を上り下りをしている。軽装のオバサンも改札口に向かうのに辛そうだ。

 こういった点は早急に改善して欲しいと思う。大阪からは関空への直通の電車があるとは言えども、日根野駅で乗り換えをして関空へ向かう人もいるでしょう。和歌山方面からも日根野駅で乗り換えて関空へ向かう人もいるでしょう。そして関空は国際空港である。重い荷物を持って関空へ向かう人もいるだろう。そいいった人達に対して、あまりにも冷たい駅の構造ではないだろうか。

 阪和線・関西国際空港連絡線のダイヤも改善が必要だと痛感する。
 全ての電車、つまり普通・快速のみならず特急電車「はるか」「くろしお」などを日根野駅に停車させる。その電車が止まったホームの反対側に関空への電車を発着させて同一ホームにて乗り換えを出切るようにする。
 
 こういった改善・改良は膨大なコストを掛けなくても出来る事なので今すぐにでも実行に移して欲しいと思います。


編注・阪和線の管轄は当時は天王寺鉄道管理局




posted by 松村和弘 at 11:38| Comment(0) | 上阪感想記:1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

07年秋 芸術の秋 歴史の秋 散策の秋【通天閣、いいじゃないか】

「通天閣、いいじゃないか。道頓堀界隈は問題外」
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 日も暮れてきた。照明の明かりが街を彩りはじめてくる時間である。
 山王信号を超えて、フェステバルゲートの脇まで来る。
 ここら辺の雰囲気は東京の上野に似ている。なんとなく猥雑で少し危険な感じがするのだ。

 どうやら私は「新世界」と言われる歓楽街に足を入れたらしい。
 狭い通りの両側にひしめく多種多様な店。
 串かつ屋、居酒屋、寿司屋、立ち飲み屋、将棋小屋と並ぶ。
 いずれも賑わいに賑わっている。行列が出来ている店も珍しくない。
 
 私のような観光客そして地元の人。皆が混ざり合って、単なる観光地とも単なる地域の商店街とも違う魅了を漂わす。
 こういう雰囲気、私は好きだなぁ。ただ単に観光客が来るだけの街は無味無臭でつまらない。街の体温が感じられる、この場所は。

 そして、それは大阪の至る所がそうなっていると思うのだ。
 中之島も梅田もOBPも御堂筋も、新世界とは違う洗練された街だが、そこには「大阪の洗練された上品な空気」がある。
 東京とも京都とも福岡とも違う「大阪の洗練された上品な空気」がある。
 大阪の体温・情熱が感じられる街となっている。

 この新世界は「猥雑な庶民のパワーに満ちた大阪らしさ」がある。
 勿論、大阪の体温・情熱が感じられる。

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一方、私の中には大阪らしさが感じられない大阪の街がある。
 いわゆる道頓堀界隈である。

 何だろう、このセンスの無い街は、街への愛情の無さは。
 「大阪は派手」「大阪は目立ってナンボ」と実際とは違うのに勝手に決めつけて、ただ派手で、派手なだけで何を言いたいのか意味不明な看板という無意味なものを建物にゴテゴテと貼り付けた悪趣味極まりない飲食店やパチンコ屋。儲かればいいんだ、と人々を馬鹿にした街。

 そこは生活の臭いなどしない無味無臭な街。
 夏の明かりに吸い寄せられる虫の如く、派手な看板を大阪らしいと勘違いして道頓堀に吸い寄せられる観光客。
 それを内心馬鹿にしながら顔では愛想笑いして高い金を取る業者。

 私は道頓堀界隈を見るにつけ思い浮かぶ悲しい言葉がある。
 「租界地」「植民地」という言葉である。
 「大阪らしい」という言葉を、金儲けの為だけに都合良く解釈した「偽者の大阪らしい」という価値観で支配された街。実際の大阪の街とは違う街。
 そこには、本来の「大阪らしい」という価値観が及ばない街。
儲かればいい、という価値観・目立ってナンボという価値観に支配された街。
 
 まるで街ごと外国の力・価値観に支配された租借地そのものではないか。
 まるで国ごと外国の力・価値観に支配された植民地そのものではないか。

 いい加減に道頓堀界隈の街のあり方を考えないと大阪は誤解され続ける事になりはしないか。大阪のブランドイメージが悪くなり続けるのではないか。
 かつて芸の街だった道頓堀界隈が心無い業者の金儲けだけの街にしかならないのではないか。
 道頓堀の街作りについて方針の大転回を求めたいと思います。

 あぁ、そうだ肝心な事を忘れてた。通天閣である。
 昼間に恵美須の交差点から見た通天閣と違って、夜の通天閣はイルミネーションが素晴らしく綺麗でした。
 決して派手ではないが、目立つ配色で広告として十分に価値があると思う。
 新世界や通天閣商店街も、観光客相手の派手なだけの店もチラホラと見受けられるが大多数は良心的な店。
 
 大阪の下町の歓楽街を楽しみたいのなら通天閣界隈がお勧めかと思います。
 ただし、一本裏側に入ると怖いお兄さんがいらっしゃるのも事実ですので、夜は少しの注意が必要かと思います(東京だと、歌舞伎町・千束などと近い注意の仕方と思って下さい)。

 次は天王寺/阿部野橋探訪です。


posted by 松村和弘 at 14:17| Comment(0) | 上阪感想記:1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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