2010年04月30日

造幣局「桜の通り抜け」2010再録版

 大阪の春の風物詩「桜の通り抜け」が14日、大阪市北区の造幣局で始まった。少し冷え込んだものの、午前10時の開門前には約1500人が行列をつくり、開門とともに桜のトンネルをくぐっていった。

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久し振りの更新になります。
大阪の桜は終ったのですが?
リード記事の通り、造幣局の通り抜けが始まりました。(行かずの記事)

ま、毎年の恒例行事で、大阪・近畿のマスコミは必ず取上げます。
今年は4月14日〜4月20日までだそうです。

大阪には造幣局ってあるんだね!
「ふ〜ん、そうなん」っで、おわってしまいそうですが・・・。

私はこの「造幣局」って聞くと、昔、本屋で立ち読みしたある本を思い出します。
その本のタイトルはいまだに忘れていません。

まだ、あんまり大阪のことも詳しくなかったから、私にとってはインパクトのあるタイトルだったのですね。
そのタイトルは、「大阪が首都でありえた日」だったと思います。
いつごろだか、記憶もおぼろげですが、おそらく20数年前だったはずです。

いまでも、このタイトルで検索したら、アマゾンとか、楽天の通販で買えると思いますよ。
そのとき、書店で立ち読みしました。
内容は、なぜ、大阪に造幣局があるのか?の説明とか、幕末維新の歴史にまつわることだと思います。



造幣局が大阪にある理由は、まさしく首都を江戸にするか、大阪にするか?
大久保利通の推す、大阪が最有力だったのですが、前島密の江戸案に、どんでん返しで大阪は敗れたのですね。

京都から都を移そうと、そこまでは決まっていた。遷都候補地は大阪か江戸か、となっていたのです。
造幣局が設立されたのは、まだ江戸遷都が決まってない時期で、ほぼ大阪と見越した上で、造られたので、大阪に置かれた唯一の国家機関の本部なんですね。
だからこの本のタイトルも、けっして誇大妄想ではないわけです。

正直、あまり調べても、詳しいことが分からないのが、造幣局ですね。
設立の経緯など、詳しく調べられると困る。いわば国家機密になるのかもしれません。

桜の通り抜けは、これから行って見たいと思っています。
ここの桜は八重桜ですから、ソメイヨシノより時期は遅いのです。大阪の桜は二度楽しめるのですね。



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posted by 松村和弘 at 14:50| Comment(0) | 桜之宮・天満 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

桜の名所・桜之宮

桜之宮・網島には藤田美術館や藤田邸跡公園、大阪市公館といった施設が点在しているのは以前にもふれた。なかでも著名なのは「太閤園」であろう。庭園のある集会施設であり、現在でも結婚式場にダントツ人気施設である。住所は網島町になっている。
桜見物の寄り道で立ち寄ったのだが、1階ロビー奥の喫茶コーナーは平日にもかかわらず、けっこうな賑わいである。庭園を眺めながら談笑に興じるグループは年配の男性もいるが、大半は女性グループであった。ゆとりと暇のある有閑夫人といったところか?
コーヒーの値段がリーガロイヤルホテルよりも高いのが敷居の高い特別な場所にしているようだ。藤田観光の経営。藤田伝三郎男爵の流れを継承する財閥の庭園であった。

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太閤園の庭園の遊歩道を巡ってみると、巧みな庭園造形に目を見張らされる。灯籠、石橋、茶室のような和風建築。天王寺のもと住友本邸庭園の慶沢園に通じるものを感じる。
藤田邸跡公園は藤田邸庭園跡を大阪市が整備した公園である。説明板によると桜之宮公園の一部扱いの説明はあるのだが、事実上、囲われた特別の無料庭園といえる。

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一通り散策したあと、大川河畔の桜之宮公園に出てみた。桜は全般的に5分咲きといったところだろうか。大阪市水道局桜之宮抽水場のそばの桜並木は毎年早いのか、満開に近い咲き誇りだった。

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若葉の新芽も出だしていた。桜之宮付近の開花はこんな感じであった。

posted by 松村和弘 at 21:21| Comment(0) | 桜之宮・天満 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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